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鞄は語る(転職コラム)
転職アドバイザーの仕事では、観察眼が重要なスキルになる。
キャリアをおさえた上で、相談に来られた方の価値観・生活状況、全てを把握するのは二時間ほどの時間では難しい。そこで、その方の立ち居振る舞い、持ち物など、様々な情報から、その人の『志向』を少しでも感じ取らなければならないのだ。
心理ゲームのようだが、転職者が持つ鞄には、その人の仕事観がよく現れることがある。
たとえばNさん(32歳)はビジネスバッグに高給ブランド品を使っていた。独身貴族とはいえ、かなり思い切った買い物だったに違いない。しかもよく見ると、靴やスーツ、それにネクタイまでも同一のブランドでまとめ上げている。
「自分の身の回りには、ちゃんとしたモノを置きたいですから」
と、語るNさんは、予想通り、企業選びもブランド(大手)志向がはっきりしていた。大手本体はもちろん、応募するのはあきらかに系列と分かる「カンムリ企業」ばかり。
成長企業で大手の出資比率が高い会社や、大手二社が立ち上げた合弁会社にも興味は示したが、「聞いたことがない会社」だと二の足をふんでしまうのも、見てすぐに分かるブランド品を愛するNさんならではの選択だったように思う。
凝ったデザインの鞄を持っていたIさん(27歳)は、オフィス環境にこだわる転職者だった。外資系商社の系列会社に就職した彼の現在の職場は、加工工場に隣接したプレハブ小屋。「外資系=パーテーション付のモダンなオフィスだと思っていたんです」と、Iさんは自分の選択をぼやいていた。
経理職だったため業界不問で転職活動を始めたIさんに、我々は単にキレイなだけでなく「個性的なデザインのオフィス」をいくつか紹介し絶賛を得た。
「エージェントさんから紹介されるのは、素晴らしい会社ばかりです!」
Iさんはそう言ったが、彼が応募したのは、万人向けの会社とは言えなかった。仕事がハードだったり、ベンチャーで安定性に不安があったり、それなりにマイナス面のある会社だったのだが、Iさんにとって「ドラマのなかに出てくるようなオフィス」のなかに身を置くことは、夢の実現そのものだったらしい。最後は都心の真新しいガラス張りのビルに居をかまえる新興商社に、喜び勇んで転職していった。
(誤解がないように一言を付け加えたいのだが、ブランド志向も、見た目重視も、まったく非難されるようなことではない。むしろモチベーション高く、フィットする会社に入ることは、本来の実力を発揮する意味でとても大切なことで、Nさん・Iさんの転職に関していえば、鞄の趣味をヒントに的確なマッチングが出来、我々は大きな達成感を感じていた)
また本人が気づいていない志向を、鞄から発見するということもあった。
IT会社勤務のSE:Mさん(24歳)の持っていた鞄は、のっぺりとした黒の一見目立たない地味なものだった。しかし、職務経歴書を取り出す時に開いた鞄の内側は、厚手の革で覆われており、特別なもののようであった。
「その鞄、珍しい作りですね?」我々が声をかけると、それまで硬い表情をしていたMさんの顔がほころんだ。
「これ、日本の革職人さんの作品なんです。機能性も高いし、値段はちょっとしたんですけど、どうしても欲しくて最初のボーナスが出たときに買っちゃいました」
彼の転職での希望は、今までと同じIT系。我々も、もし鞄のことがなければ、そのまま「一次請けの開発が出来る」という観点だけで、求人探しに入っていたかもしれない。しかし、Mさんはまだ第二新卒であり、異業界・異職種への転職も可能性がある。
「Mさん、メーカーの仕事にはまったく興味がありませんか?」
「え? でも、今までSE以外の仕事をやったことがないので」
「そうですか。いや、あの鞄の話を聞いてMさんなら、そういう希望もあるのではと思ったのですが」
「はあ…」
そのときはそれ以上の話は出てこなかったのだが、数日してMさんからメールが届いた。
「私は大学時代会計の勉強をしていて金融志望だったので、今まであまり考えたことはなかったのですが、確かに自分のなかに良いモノ作りに携われるならやってみたいという気持ちがあります」
我々は用意していた「こだわりの製品」を持ついくつかのメーカーの求人をMさんに送り、今、反応を待っているところである。
持ち物がその人の人となりを雄弁に語っていることは少なくない。自分がどんな仕事をしたいか見失ってしまったら、自分が大切にしているモノに目を向けてみるのも一つの方法かもしれない。
(japan internet.com 2月20日)